【硯修會】第3回公演(振替公演)

令和6年2月24日 

国立能楽堂

ご挨拶

本公演は、公演直前に発令されました緊急事態宣言により、やむを得ず中止いたしました第3回公演の振替公演にあたります。前回ご出演頂く筈でした皆様、ご来場予定だったお客様方には大変なご迷惑をおかけいたしました事、改めてお詫び申し上げます。また、ここに至るまで3年という期間を要しましたにもかかわらず、ほぼ当初の番組通りの皆様方にご出演賜りますことは望外の幸せであり、心から感謝いたしております。

この3年の間、感染症の拡大により、日常生活や経済活動には厳しい自粛が求められ、私どもの舞台活動も著しく制限されて参りました。今回はこの苦難の時を乗り越えての公演となります。同時に、世情に流されることなく如何にひたむきに斯道に精進してこられたか、自他ともに問われる公演とも思っております。

第1回公演は「能一番を3人で」という思いを一番に考え、『野宮』という名曲に臨みました。そして、各々が初挑戦の大曲『熊野』膝行三段之舞・『射狸』に挑んだ第2回公演。

第3回公演では、さらに個々の力に焦点を当てることを考え選曲いたしましたが、一度延期となりましたことで、今の我々にとって、なお一層大事な意味を持つ番組になったと思います。

【硯修會】という名に込めた【虚心坦懐に我が身を修め舞台に臨む】という初志を深く心に刻みつつ、大切に勤める所存でおります。

何卒ご高覧賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

フライヤー


ポストカード

一調一管龍田」 概要

「龍田」は、秋を司る神として名高い龍田明神の神徳を描いた作品です。旅の僧侶たちの前に現れた明神は、古来より歌人たちに愛されてきた龍田の里の致景を讃えます。冬の訪れを迎え、川面の氷に閉じ込められた紅葉の色。それは、過ぎ去ってしまった秋の記憶を閉じ込める、追憶の美の姿だったのです。季節の移ろいに感興を催した明神は、冴えわたる月光の下、吹き乱れゆく紅葉のなかで神楽を舞いはじめるのでした。

明神が神楽を舞う場面を、謡および笛・太鼓の重奏(一調一管)の形式でお聴き頂きます。

狂言縄綯」 概要

博打に心を奪われてしまった一人の男(アド)。使用人の太郎冠者すらをも懸け物にして博打を打ち続ける。ところが結果は負け続け、彼は大切な太郎冠者を博打仲間に取られてしまうことに。真相を話したならば、きっと太郎冠者は抵抗するだろうー。そう考えた男は、太郎冠者(シテ)を呼び出すと、その仲間に手紙を届けるよう送り出す。

主人の博打好きを苦々しく思いつつ、手紙を届けに行く太郎冠者。例の博打仲間(アド)のもとを訪れた太郎冠者は、そこで真相を聞かされる。驚く太郎冠者に、彼は受け取った手紙の内容を見せる。そこには確かに、主人の筆跡で太郎冠者を譲ると書かれていた。

早速太郎冠者に仕事を命ずる博打仲間。ところが、ふてくされた太郎冠者は色々と言い訳をし、命令に従おうとしない。その態度に立腹し、主人のもとへ苦情を言いに行く博打仲間。使い物にならないと抗議する彼へ、主人は一計を案ずる。主人は、太郎冠者の仕事ぶりを見せるため、太郎冠者を一度戻すよう提案する。

自宅へ戻った博打仲間は、太郎冠者に向かい、再び博打をしたところ今度は負けてしまったと口実をつけ、主人のもとに帰るよう告げる。

主人のもとに帰り着き苦情を言う太郎冠者を宥めすかした主人は、早速縄を綯うように命ずる。縄を綯うのが得意の太郎冠者は、後ろで縄を押さえておくよう主人に頼むと意気揚々と縄を綯い始める。

縄を綯ううち、太郎冠者の心には様々な記憶が蘇ってくる。湧き上がる不快な思い出の数々を抑えきれず、様々な憤りが口から溢れ出す。やがて様子を覗きにきた博打仲間は、太郎冠者の仕事ぶりを見届けるべく、主人と入れ替わる。そうとも知らず、彼の奥方や子供たちを悪しざまに罵り続ける太郎冠者。奥方に隠れて子供たちに体罰を加えたことなど語りつつ、暴言の限りを尽くすのだった。

全てを聞き届けた博打仲間。その姿に気が付いた太郎冠者はばつの悪い顔で取り繕う。子供たちを殴り飛ばし、愛しい妻を罵倒した太郎冠者に怒り心頭の博打仲間。彼は太郎冠者へ怒りをぶつけると、逃げる太郎冠者を追ってゆくのだった。

 

隅田川」 概要

春の隅田川。渡し場で乗客が揃うのを船頭(ワキ)が待っていると都から旅人(ワキツレ)がやってくる。今旅人が通ってきた道がなにやら騒がしい。聞けば、都から女物狂が下ってきたのだという。船頭は、その女を待ってみることにした。

そこへやってきた狂女(シテ)。もとは都の住人であった彼女は、愛する一人息子を失った悲しみから我が子を慕って関東まで下り、ここ隅田川に辿り着いたのだった。

船に乗ろうとする狂女に対し、芸を見せるよう所望する船頭。狂女は在原業平の故事と和歌を引きつつ自分を船に乗せるよう船頭に懇願する。こうして旅人らとともに狂女も乗船し、いよいよ船が出る。やがて乗客の一人が、対岸の柳のもとに集う群衆に気が付くと、それは大念仏の集まりであった。船頭はその謂れを語り始める。ーー去年の今日。人商人に伴われ、一人の幼子が下ってきた。ところがその子は重病となり、商人は彼を見捨てて行ってしまう。里人たちの懸命の介抱にも関わらず次第に衰える幼子。今わの際に彼は自らの名を明かすと、母への恋慕の想いを切々と語り、自分の亡骸をこの街道の傍らに葬り、墓標として柳を植えてほしいと訴える。そして幾返か念仏を唱えるとついに息絶えたのだったーーそんな話をするうちに船は対岸に着いた。人々が降りるなか、狂女はひとりいつまでも船の中でさめざめと泣き続ける。話の内容を船頭に問い改める狂女。その子の年・名・父の姓名・死後に訪ねてきた親族…その子が疑いもなく自分の探し求める子であることを知る。

驚いた船頭は、彼女をその子の墓へと案内する。塚に向かい、静かに口を開く母。しかし、悲しみのあまり次第に取り乱し、この墓を掘り起こし、我が子を一目見たいと泣き崩れるのであった。

やがて宵の時刻。塚へと集う人々はその数を増し、大念仏が始まった。いつまでも泣き続ける彼女だったが、母の弔いこそ子供にとって何よりの喜びであると船頭に促され、彼女もまた念仏に加わる。幼子を悼む人々の大合唱と鉦鼓の音。その時、人々の声に混じって、子供の声が聞こえてきた。母は群衆に促され、ひとり念仏を続ける。すると塚のうちから、はっきりと幼子の声が聞こえてくる。そして念仏を介して母と子が言葉を交わすうちに幼子の幽霊が姿を現す。夢にまで見た我が子との再会。しかし、抱きしめようとする母を子供はすり抜けてしまう。見え隠れする幽霊と追い求める母。そうするうちにも夜は白み始め、子供の姿は消えてゆく。あとには春風に揺れる塚の柳だけが残っているのであった。

撮影:前島吉裕

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